お米が煮えるまで、私たちは庭に出た。まるで公園のような広大な庭には木漏れ日が差し、犬や猫たちが気持ち良さそうに寝ている。
その片隅に立派な菜園があった。ブドウ棚には房が実り、トマトやナスの向こうで、ズッキーニが花をつけていた。
菜園から戻ると、カテリーナおばさんが庭先のテーブルでアペリティーボ(食前酒)に誘ってくれた。アペロール、プロセッコ、ソーダ、氷が用意されている。これらでつくるのは、ヴェネト州発祥のカクテル、スプリッツだ。材料が家に常備されているところが粋である。ここはバリスタである私が皆のグラスにスプリッツをつくった。
食前酒は、食欲を刺激し、食事を楽しむ気分を高めてくれる。演劇でいうプロローグのような期待感に似ている。
スプリッツ片手に皆が饒舌になった頃、ヨーレおばあちゃんの声が響いた。
「みんな、ごはんよー!」
ヨーレおばあちゃんは、5-6歳のときからお母さんに教わって料理を覚えたという。朝食のサラミを切るのが当番だったそうだ。お母さんは富豪の屋敷で給仕として働いていたといい、そのため食事のマナーには厳しく、そして料理は上手だった。
70年前の話を聞かせてくれるヨーレおばあちゃんは、無邪気に微笑む娘の顔に変わっていた。
マウロの両親は共働きだったので、小・中学校の頃は昼休みや午後、毎日のようにヨーレおばあちゃんの家で過ごしていた。菜園の手入れや収穫を手伝い、それをおばあちゃんが料理するのだった。
「小さい頃はグリーンピースが苦手だったけれど、今では大好きさ!」
スープにたっぷり入ったグリーンピースを口に運びながらウィンクしてみせるマウロは、まだまだ孫の顔だ。
食卓を囲むのは、マウロを育てた温かい笑顔のひとつひとつ。おばあちゃんの手づくり料理が、にぎやかな大家族をつなぐ。
クラシック音楽史を学ぶマウロが最も影響を受けたのは、父の妹でありピアニストのマリーナおばさん。父の姉であるピエリーナおばさんは考古学者で、歴史に興味をもつのは彼女の影響だという。
マウロは父方の家族とはどんな料理を囲むのだろう。ふたつの家庭料理を受け継ぐ彼はまた、次の世代にどのように伝えていくのだろう。
素朴な家庭料理には、それぞれの家庭が時代を経て織りなしてきたモザイク画のような美しさがある。そこに散りばめられたひとつひとつが、家族を思いやる温かみの歴史であり、思わず笑顔がほころぶ「かくし味」なのかもしれない。
取材: 2015-08-27
掲載: 2015-10-28
本文: Yusuke Nomiya
写真: Kinji Moriyama