彼にまず案内されたのはラルドの熟成庫。コンカ(Conca)と呼ばれる伝統的な大理石の容器が並ぶ様子に息をのむ。ふたを開ければ、それぞれのコンカのなかで背脂の塊が塩水に漬けられ、のせられた重石も大理石である。
ラルドと交互に重ねて漬けるハーブは実に様々だ。黒コショウ、ローズマリー、ニンニク、シナモン、ナツメグ、クローヴ、アニス、サルヴィア、ローリエ、オレガノ、タイムなど。
熟成期間は6ヶ月以上。伝統的には秋から春にかけて熟成されるが、空調設備が整った現代では夏も生産される。
なぜ高価な大理石の容器でないといけないのか?
ファウスト氏によれば、味に影響はないという。
古くはその土地にあった材料で容器をつくるものだった。それは北イタリア・アルプス山麓なら木材だろうし、トスカーナなら陶器、ナポリなど南イタリアなら他の石材を使っていた。コロンナータには大理石があったというだけのことなのだ。
大切なのは、容器の中の温度を安定させる断熱効果に尽きる。
大理石が白く切り立つ頂きに囲まれたコロンナータには、もちろん養豚場はない。
豚肉加工業が盛んなパルマやマントヴァなどイタリア北中部から背脂だけを取り寄せ、ここで仕込んで熟成するのだという。
ではなぜ、険しい山あいの集落にわざわざ背脂を運んでまで熟成させる必要があったのか?
それは採石場の労働者のためだった。
かつて労働者は採石場のある山頂に一度登ると、数週間下山することはできなかった。現代のようにクルマもアスファルトもない山道では、新鮮な食材を運ぶことは容易ではなかっただろう。
安くて保存が効く食材で、かつ過酷な労働に耐えうる体力を補うための、貧しさの知恵から生まれたという。
コロンナータ産が最初に指定特産物の承認を受けた1996年より以前は、地元でしか消費されなかったそうだ。州都フィレンツェにすら出荷されていなかったというから、全国的知名度を誇る今では驚きである。
その後2004年には、EU(欧州連合)が定める食品の地理的保護表示、IGP (Indicazione Geografica Protetta)に指定された。
現在まで欧州内の先進国を中心に輸出量も伸びており、アメリカやアジアでも高い評価を得ている。
しかしファウスト氏は、食のグローバル化および観光に警鐘を鳴らす。
「職人の熟練の技によって生み出される伝統食品が、外国に輸出されることは素晴らしいことだ。しかし、その伝統食品に魅せられてイタリアを訪れる観光客の多くが、観光地のレストランで工場生産の冷凍食品や季節外れの外国産食品を食べさせられている」
「実はそれは、現代の多くの家庭でもされていること。冷凍食品のパックをハサミで切り、電子レンジに入れるだけ。観光地のレストランが、その味に慣れた人々を”だます”のは簡単なことなのだ」